タバコの煙問題について。自分を大事にする。優しい世界に生きたい。

嫌いなものありますか?ないですか?そうですか、ガンジーですか。

 

ありむはガンジーでもマザーテレサでもなく、普通の人間ですので嫌いなものやことがたくさんあります。

 

嫌いなものと、それに対する考えを書きました。

嫌いなものやいやなことがある人は、読んでみてください♪

特にタバコが嫌いな人は、必見です!(長年のタバコ嫌いのおかげで熱のこもった記事を書けました。笑)

 

 


目次

  1. 嫌いだけど、嫌いじゃない

  2. 我慢の強制

  3. タバコの煙問題

  4. 「いやだ」で棲み分け

  5. 自分を大事にする意志表示



1、嫌いだけど、嫌いじゃない


 

ありむは嫌いなものやことはたくさんあるのですが、基本的に人は好きです。

嫌いなものことはたくさんあります。ですが、それをする人を嫌いになっても解決しない、と考えています。

罪を悪んで人を悪まず(つみをにくんでひとをにくまず)

嫌なことやものが改善されればいい。嫌いなのは、ものやことや言動で、嫌いな人ではないと考えたいのです。

 

(ものやことは)嫌いだけど、(あなたを)嫌いじゃない

 

この記事は、〈嫌い〉や〈いやだ〉がたくさん出てきますが、〈あなた〉を嫌いだから書いているわけではありません。

もっとよくなるために、〈嫌い〉や〈いやだ〉が大事にしたいという意味で読んで欲しいです。

 

 


2、我慢の強制


 

例えば、あなたに嫌なことをする人がいるとします。でもその人は無意識です。だけどそれはあなたを傷つけたり不幸にします。その場合、傷ついたり不幸になったあなたが我慢することが多くないですか?ありむはそれは優しくないなーと思います。不幸になっている人がいるのに、なぜその不幸を我慢しないといけないのでしょうか?

こういったことは、そこら中で起きています。

 

  • タバコの煙問題
  • セクハラ、パワハラ、モラハラ
  • 言葉遣い、態度

 

それ以外にもたくさんあるでしょう。

嫌なことを、避けられず、逃げることもできない状態にある人は、傷ついたり不幸になったりしますが、我慢していることが多いです。気づかぬうちに我慢を強制されているのです。

世間の当たり前や普通や常識といった慣習、その相手との力関係、または恥やプライドのような心理的な障害。それらが、声に出すより我慢する方が楽だと考えさせていませんか?

我慢の強制は、気づかないうちに起こっているのです。それが普通や当たり前や常識になっているのです。

 

 


3、タバコの煙問題


我慢の強制について、タバコの煙の問題を例に考えてみます。

どうしてもタバコを吸いたい人と、とにかくタバコの煙が嫌な人が一緒にいると起きる問題です。吸いたい人、煙が嫌な人、どちらかが我慢しなければなりません。

ここ数年で分煙は多くなりましたが、それまでは公共の空間でも喫煙する人は多かったです。

 

タバコの煙が嫌いと伝える時の気がかり

タバコを吸う人に対して、タバコの煙が嫌いなので吸うのをやめてほしい、違う場所で吸ってほしいと伝える場合の気がかりを挙げると

  • タバコが嫌だということで人間関係がこじれるのは嫌だ
  • 相手の立場が上の場合は、特に言いづらい
  • やめてほしいと伝えたとしてもやめてもらえるかはわからない
  • どれだけタバコの煙が嫌なのか、タバコを吸っている人にはほぼ共感してもらえない

などがあります。

 

タバコを吸っている人には、タバコの煙をそこまで嫌がる人の気持ちはほとんどわからないと思いますし、わかったと思っていても実はその100倍くらい嫌なものです。(ほんとは2000倍くらい嫌です。)

タバコを嫌だと伝えた場合、タバコを嫌いなのであって、その人のことを嫌いと言っているわけではないことがほとんどですが、その人自身が否定されたように受けとられ、人間関係がこじれるかもしれません。

しかもタバコの煙が嫌だと伝えたとしても、タバコをやめてくれるかはわかりません。ただ人間関係を悪くする人と思われる可能性もあります。

 

もちろん、タバコを吸いたい人にはタバコを吸う権利も自由もあるのは承知しています。ですが、タバコを吸わない人にも、タバコの煙で不幸になることを拒否する権利も自由もあるのです。どちらかが優先されるとかそういうものではないはずです。

 

 

タバコの煙が嫌いな人の心の叫び

 

タバコを吸う人も吸わない人も一緒にいるのが今の社会です。

タバコを吸う人の意見としては、少しの間だけ我慢してくれたら済むことと考えている人が多いのも感じていますが、タバコを嫌いな人からすると、ちっとも少しではないのです。

タバコを吸う時間は、1本あたりで2〜3分くらいでしょうか?タバコの煙は換気されない限りその空間に残り続けます。

服や身に付けるものに匂いがついたら、それを身につけている間、煙の嫌な匂いと一緒に過ごし続けなければなりません。その匂いを取るために消臭剤を使用したり、ものによってはクリーニングに出さなければ匂いはとれません。ありむの場合は匂いに敏感なので、嫌な匂いが鼻の中にずっと残り続けます。お風呂に入っても匂いがとれない場合もあります。また人間関係を悪くしないために、いやな顔をしないでいる気遣いまで求めらることも、当然のようにあります。

 

つまり、タバコを吸う人からすると2〜3分の我慢だけ、と考えていることは、タバコを吸わない人からすると、少なくとも家に帰り服を着替えお風呂に入るまでの数時間は、匂いを我慢し続けなくてはならず、さらに服の消臭やクリーニングといった経済的な出費まで発生する可能性があるのです。まったくもってちょっとの我慢ではないのです。

このことについて、タバコを吸っている人は理解し難いかもしれませんが、まじでやばいくらい嫌だ、と理解してほしいのです。

例えていうなら、ゴキブリ嫌いな人がゴキブリをいやがってるにもかかわらず、その人に向かって、追尾型のゴキブリを召喚するようなものです。来世は呪ってやろうかというくらいの嫌がらせです。

 

 

しかしこれだけ嫌だと思っていることでも、実際にはタバコの煙が嫌だと相手に直接意思表示をする人は、まだ少ないと感じています。ただひたすら我慢している人が多いと感じます。

最近では喫煙スペースが設置されたり、喫煙者の肩身が狭まっているとは思います。これは世界的な流れでもあります。

先ほども書いた通り、タバコが嫌な人は本当に嫌なんですが、今まではその人たちに我慢を強いるのが普通だったというだけなのです。その普通だったことがおかしかったということです。

 

 

タバコを吸う人に期待すること

 

ここで言いたいのは、タバコを吸う人はタバコなんてやめちまえ、おたんこなす!と思っているわけではありません。(少しは思ってますが)

タバコを吸う人も、吸わない人も、不幸にならないように配慮しましょうということです。

 

具体的に喫煙者に期待することは

・タバコを吸う場合は分煙を。

・分煙が難しい場合は、タバコを吸っていいかの一言を。

(正直、一言あればタバコの煙が大丈夫になるわけではありませんが、そんなコミュニケーションがあるだけで、その人に対する印象は変わります。もちろん本音は、本当に煙が届かない場所で吸ってほしいです。)

・人に迷惑のかからないところでなら、好きなだけ吸ってください。

 

 

タバコの煙問題は、喫煙者には耳の痛い話だと思いますが、嫌なものは嫌なんです。しかもそういうことはいまだに言いづらい現状で、我慢している人は多いです。その気付きづらい我慢をしている人への思いやりや優しさをお願いしたいです。どんな近しい間柄だったとしても。

 

普通なんて人それぞれ違います。喫煙者の普通と、非喫煙者の普通は、違います。

 

逆に言うと、タバコの煙が嫌でも一緒にいるという人は、喫煙者の人と一緒にいることにかなり大きなメリットや必要性を感じている人だと思います。多少の不幸を帳消しにするくらい、一緒にいることを大切にしている人なので、その人のことは大事にしてほしいです

 

 


4、棲み分けのための「いやだ」


 

タバコの煙問題以外でも、例えば言葉遣いや態度で簡単に人を傷つけたり不幸にすることができます。

傷つける意志がなくとも、人を傷つけることもあります。そういうことを意識すること、気づくこと、想像すること、思いやることが、優しさなのではないかと思います。

 

 

今ネット上で大きな話題になっている、

 

#metoo

 

という運動も、我慢の強制という問題の延長だと感じます。

セクハラは許されない行為であることは間違いありません。そうだと理解していたけど、今まで声をあげられなかった人たちが勇気を出して声を上げ始めています。

ですが、そういう被害者をまるで加害者のようにたたきまくるという、被害者の自己責任論のような意見が多く出ているのも事実です。なぜ被害者が我慢をし続け、さらに被害者が叩きまくられなければいけないのでしょうか。

そんな理不尽は、許せません。そんな世界は、本当に優しくないし、そういう世界を変えたいと思います。

 

そのためには、

嫌いなことは嫌い

いやなことはいや

おかしなものはおかし

と、声をあげることが普通になる社会になる必要があると思います。普通のアップデートが必要なのです。

 

嫌いなものを嫌いと示すことは、不幸を少なくするための棲み分けに必要なことだと考えます。

 

それぞれの嫌い、いやだ、を伝えあうことで、その嫌いを強制することのない関係や環境を作れると思います。〈いやだ〉による棲み分けができると思います。

 

 

 


5、自分を大事にするために意思表示を


 

タバコの煙が嫌いで、我慢している人はいませんか?自分の言葉で直接は伝えづらいこともたくさんありますよね?そういう人は、誰かの声や力を借りてください。なにかを嫌いと感じることに、罪は一切ありません。

 

タバコの煙が嫌いなのに、一向に改善してくれない人と一緒にいる人いませんか?そんな人からは離れてしまいましょう。嫌だと伝えたのに改善してくれない、嫌なことを強いてくる、あなたの嫌だという主張に対して少しの労力や思いやりがない人は、あなたに対して優しくないです。はやく離れてしまいましょう。距離をおきましょう。

 

嫌いなものは嫌いと表現しておきましょう。

それでも嫌なことが続く場所や環境や人間関係には、我慢してまでい続ける価値は少ないはずです。

嫌いなものを嫌いと示すことは、自分のことを大事にすることです。

 

自分のことが一番大事です。大事な自分をちゃんと大事にするから、他の誰かを大事にすることができると思います。

自分のことを大事にしてくれない人のために、自分が傷ついたり不幸になる必要はないのです。大事な人同士なら、お互いを大事にしあえるはずです。お互いに大事にしあえる人と一緒になりましょう。

 

大事な人を大事にするために、まずは自分を大事にしましょう。

自分のことを大事にしてくれる人を、大事にしましょう。

 

 

人に優しくすることは、自分に優しくすることです。

ありむは優しい世界に生きていたいので、優しい世界になるように、声を上げていたいです。